災害への思い

災害時に役立ちたい思いから、清水町と災害協定を締結

 

東日本大震災後、がれきの山をかき分けているショベルカーやダンプの姿を、建設業関係者はどんな思いで見ていただろう。
遠くからテレビの映像を見ているだけしかできないのかと、多くの職人たちが感じていたと思います。
物資が届かないのは、道がふさがれているからだと聞いた時は、何かできる事はないのかと、僕は何度も思いました。

 

あの震災の後、僕らは清水町と災害協定を結びました。
もし、自分たちの地域でも地震が起きた時、第一に、自分と家族の安全の確保をすること。
そして、町のためにできる事を考えています。
道路に建物が倒れ、道をふさいでしまった時、自社のショベルカーやダンプカーを使った作業を協力して行うことを、清水町と町内8社の建設業組合で話し合いました。

 

震災後に経験した東電管轄の計画停電では、僕は今までにない不安に襲われました。
それは、停電により下水が逆流する不安です。
そこで、計画停電の時間内には、万が一汚水が溢れた場合に備え、臨時の発電機を準備し、待機していました。

 

静岡は、僕が小学校の頃から、南海トラフ地震への備えや富士山の噴火など、色々な心配を抱えています。
昔はただの噂話で、ノストラダムスの予言みたいに、仲間とふざけてワイワイ話すネタに過ぎませんでした。
でも今は、本気で災害に備え、僕らが、この地域を守っていかなくてはいけないと考えています。

 

関本建設工業

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